2006年社長年頭挨拶より!
 現中期経営計画目標ROIC9%以上の意味するものは?

 川崎重工の大橋社長は、No.173号「かわさき」の中で、「−さらなる飛躍の出発点として−川崎重工グループの総力で現中計目標を達成しよう」と、グループ全従業員に理解と協力を呼びかけています。
 大橋社長は、年頭挨拶の最後に「2010年度を最終年度とする新中期経営計画」について、「新中計は、現中計の『構造改革路線』を継承し、それをさらに進化」させるとしています。これが進められることにより、固定費引き下げという名目で苦難を強いられる従業員の今後はどうなるか、大橋社長が述べる現中期経営計画達成の呼びかけと、職場の声をもとに考えてみたいと思います。

<社長が語る現中期経営計画の主旨とは>
 大橋社長は、まず、「『質主・量従型経営』へと方向転換することによって、『企業価値の増大を図ること』を目標に、下表のような具体的目標を述べています。
(1)

投下資本利益率(ROIC)による事業評価を導入し、「ROIC9%以上の達成」を定めた。

(2)

社内カンパニー制・執行役員制の導入。

(3)

中核・育成事業を中心とした事業戦略の明確化。

(4)

構造改革事業の分社経営・固定費の引き下げ等による自立化策の推進。

 そして、「全社一丸となって『選択と集中』と『構造改革』」に取り組んできた結果、「育成事業は中核事業に成長し、分社会社も夢を持った収益体質の会社に生まれ変わりつつあります」と自我自賛しています。
 その一方で、「プラント・環境・鉄構事業は、一昨年10月に採算性の回復が望めないとしてカンパニーの解体を決定」し、プラント事業は昨年4月に分社化が実施されました。環境事業にいたっては、従業員や組合に説明・了承もなく、今年10月に分社化を行うことを一方的に発表しました。
 また、2005年度決算については、「連結経常利益も公表目標の220億円を達成する目処がつきつつ」あるとしつつも、「ROIC4.5%前後」である点や「売上高経常利益率は1.7%程度」である点をあげて、他上場企業と比較すると「まだまだ満足できるレベルのもの」ではないことを強調しています。
 そして、これらの現状を踏まえて (1)マーケティング力の強化 (2)収益率の向上 (3)コンプライアンスの徹底、の3点について川崎重工グループ全従業員に「確実な実行」を「要請」しています。
 職場では、「訳のわからないROICとやらの数値目標が、高いや低いや言われても、何のこっちゃわからない。従業員や組合に何の説明も了承もなく、勝手に持ち込んだ数値でリストラされたら、たまったものではない」と怒りの声が出ています。反面、「会社が言うのだから、しかたがない」という諦めの声も聞こえてきます。

<マーケティング力の強化とは>
 「高収益体質の実現に大きく寄与する」眼目は、「ビジネス・スキーム(計画)も含めた提案力を鍛えることが差別化につながっていく」ことになると述べ、「それがマーケティング力」であると結んでいます。
 しかし、実態は、育成事業においては若干の人員プラスですが、不採算事業と決め付けられた部門では、到底、達成不可能な無理難題を付加されて受注減になり、そのことを理由に徹底した人員削減が行われています。
 不採算事業と決め付けられた職場では、「上の連中は、事業回復の努力もせずに、無理難題ばかり言ってくるけど、職場を潰そうとしているとしか思えないよ」という悲痛な声が聞こえてきます。

<収益率の向上とは>
 今期予想の「経常利益率1.7%程度」を「最低でも経常利益率5%以上」にできることについて、大橋社長は、「実現不可能な目標でしょうか。私はそう思っていません」と述べて、その施策として、下表の点を掲げています。
(1)

経営資源を低収益・不採算な事業・製品分野から、将来性のある事業・製品分野に大胆にシフトすること。

(2)

技術・品質に裏付けられたマーケティング力をベースに、顧客への提案力を強化し、差別化を推進すること。

(3)

経費・コストのムダ・ムリ・ムラを排除する業務プロセス全般の徹底的な見直しを行うこと。

(4)

リスク管理を強化し、赤字受注を徹底的に回避すること。

(5)

連結経営の観点から、グループ関連会社の権限と責任、業績管理等のマネジメント枠組みを見直し、効率性を向上させること。

  そして、「将来性も見込めない、低収益あるいは不採算な事業・製品・・・そのような事業・製品からは勇気をもって撤退し、その経営資源を将来性のある他の事業や製品に活かす考えです」と経営方針を述べるとともに、「一人ひとりが{組替えに強い人間}になること」を従業員に「要請」しています。
 職場では、いろんな職場の幹部職員を中心に集め、会社からKPS(カワサキ・プロダクション・システム)という手法により「ムダ・ムリ・ムラを排除する」ため、日常業務から引き離され、何日も終日、缶詰状態の教育的指導が行われています。一般従業員からは、「上の人は、急ぐ書類を放置しておいて何をしているんだ」という声が出ており、また、幹部職員からは、「拷問みたいな指導で、嫌気がさすよ」という溜息まじりの声が聞こえてきます。

<コンプライアンスの徹底とは>
 「コンプライアンスは、企業活動において、最優先されるべきものです」「どんな些細なことであっても、コンプライアンス違反は、グループ全体に多大なダメージを与え、手が届くはずの夢を壊しかねません」と大橋社長は、まるで川崎重工が起こした一連の不祥事(橋梁談合事件・環境談合事件・不当労働行為事件・アスベスト事件・サービス残業摘発事件、等々)を思い出させるかのように、「各々の組織」と「従業員一人ひとり」が「意識を持って行動するよう強く要請します」と述べています。
 職場では、「まるで従業員個人が、勝手に法令違反をしたように、会社は言うけど、何億・何十億円という仕事は、必ず会社上層部の決裁が必要だ。まず、会社上層部が自らの責任を内外に表明して責任を取ったうえで、従業員に言うのが筋だし、そうでないと、世間は認めないよ。」という声が、たくさん聞こえてきます。

<固定費引き下げとは>
 ここで、改めて、職場の声にもあった「訳のわからないROICとやらの数値目標」と大橋社長が述べる「固定費の引き下げ」が、どのように関係しているのか、考えてみたいと思います。(ROICとは? 経常利益とは?については、下表を参照下さい。)
 大橋社長が述べる「ROIC4.5%前後」から「ROIC9%以上の達成」への目標を実現するには、経常利益を2倍にするか、投下資本を半分にするしかありません。しかし、年頭挨拶では、ROICのアップで最も足を引っ張っている有利子負債(2004年度で3538億円)には、一言も触れようとはしていません。触れるのは、経常利益のアップについてのみです。
 経常利益をアップするには、営業外損益を除けば、売上高を上げるか、製品原価や管理費を下げるしかありません。川崎重工では、ここ数年、売上高が飛躍的に伸びない状況から、TAR−GET(労働条件の引き下げ・賃金の引き下げ)やKPS(ムダ・ムリ・ムラの排除に名を借りた労働強化)などによって、「固定費の引き下げ」(従業員の人件費削減)を猛烈に進めています。
 つまり、製品原価に含まれている生産部門関連の従業員人件費や、管理費に含まれている間接部門関連の従業員人件費を、「固定費の引き下げ」という従業員自らに提案させるという巧妙な手段を使って、引き下げる所に、現中期経営計画達成と、新中期経営計画策定の狙いがあると言えます。

◎ ROIC(投下資本利益率)とは

             当期経常利益
 ROIC(%)=−−−−−−−−−−−−−−×100
         投下資本(資本金、有利子負債)

◎ 経常利益とは
 経常利益=売上高−製品原価−管理費−営業外損益

 

<本当の飛躍の出発点とは>
 大橋社長は、「現在、当社グループは、『21世紀のグローバル・カワサキ』に向けて新たな夢を描こうとしています」「それぞれの事業における構成員であるみなさんが、ビジョンと中長期の戦略を共有することによって、より高い目標の実現のために、一層活躍されることを期待します」と述べています。
 本当の飛躍の出発点とは、「固定費の引き下げ」に名を借りた従業員の賃金切り下げや、労働強化なのでしょうか。「固定費の引き下げ」という安易な手段によるのではなく、大橋社長自らが述べているように「新たな夢」を「それぞれの事業における構成員であるみなさん」と「共有する」ためには、労働条件向上や賃金引き上げを行ってこそ、本当の意味での飛躍の出発点になるのではないでしょうか。
 皆さんは、いかがお考えでしょうか。

(06.02.19)