生産第一でなく安全第一を

重大事故に警察のメス

 

 昨年8月25日に川崎造船神戸工場において、大型クレーンが倒壊し、死者3人重軽傷者4人という痛ましい事故が起きたことはまだ記憶に新しいと思います。会社はこれまで、事故の再発防止策についていくつかの提案はしてきましたが、事故原因についての具体的なことは何も公表してきませんでした。しかし年が明けた2008年1月28日の午後、兵庫県警捜査一課と生田署は、「社内規定に違反し十分な安全対策をとっていなかったとして、元工作部長(55歳)ら4人を書類送検した。」と発表し、事態は急展開しました。報道された事故に関する警察の検証結果をもとにあの痛ましい事故の原因はなんだったのか見てみたいと思います。

<警察の捜査で明らかになった事故原因は>

 1月29日「神戸新聞」朝刊ではこの問題を大きく取上げ、「工場活況 安全後回し」と報じています。新聞報道で明らかになった県警の捜査の事故原因を整理すると以下のようになります。

他の会社では専門業者に委託したり、事前準備に20日間かけたりしているという。しかし、神戸工場は、クレーンメーカだけでなく、経験ある社内の別工場にも問い合わせていなかった。

倒壊の直接の原因は、クレーンの重心位置を誤ったためだったが、県警は「事前にしっかり検討さえしていれば容易に防ぐことが出来た」と述べ、クレーン倒壊の原因が県警捜査一課と生田署の調べで明らかになりました。

社内規程通りに会議「計画書に基づいた安全性を確認する審議会」を開いて作業を検討していれば、アーム部分に重りをつけるなど適正な措置をとることができたとして、元工作部長と生産管理グループ長ら二人の過失を厳しく指摘しています。

ずさんな管理についても「当初、同工場はクレーンの総重量を800tonとしていたが、県警の鑑定で670tonだったことも判明、重量さえも正確に把握していなかった」と報じています。

 捜査関係者は、事故の背景にもふれ「好調な業績」を指摘しています。川崎造船は2010年度の売り上げ目標を2006年度の倍増を掲げ、3年先まで作る船が決まっている活況状態でした。活況の陰で、安全がないがしろにされていることを指摘しています。
 このような状況で送検された一人は「クレーンを休ませることはできないと思った。」と供述したといいます。これは安全より船の建造を優先させたことをうかがわせるものです。
 これらを踏まえ、兵庫県警と生田署は28日午後「十分な安全対策を講じなかった」として、業務上過失致死容疑で事故当時の担当部長だった元工作部長ら4人を書類送検しました。

<その後の安全対策>

 川崎造船の親会社である川崎重工広報室は同日「再発防止に全力」として、次のような談話を発表しています。

 (子会社の)川崎造船神戸工場で発生したクレーンの倒壊事故で、幹部職員を含む4人が書類送検されましたことを厳粛に受け止め、さらに再発防止のための安全対策に全力で取組んでまいります。事故で亡くなられ方々のご冥福をお祈り申し上げ、ご遺族の皆さまならびに負傷された方々、関係者の皆さまに深くおわび申し上げます。

 では、事故後半年が経過しようとしていますが、会社と労組の安全への取り組みはどうだったのでしょう。昨年12月25日に川崎重工と川重労組との間で行われた「第49回安全衛生協議会」での質疑から見てみたいと思います。

―労組は―

 冒頭、労組の青木中央執行委員長は「川崎造船神戸工場のクレーン倒壊事故では多くの点を改めて気づかされました。」と述べ。以下問題を取り上げ、自らの職場を再点検するよう呼びかけています。

・現場作業に対する指揮・命令が機能しているか。
・危険に関する感性が低下しているのではないか。
・組織力なり現場力が低下しているのではないか。
・安全に関する技術・技能の伝承が途絶えつつあるのではないか。
・製造現場が高操業の中で工程優先的な風潮になっていないか。
・計画的に設備の改造なり更新がなされているか。
・休日勤務の安全管理体制は充分か。
・設備保全体制が整備されているか。

―会社は―

 一方、会社側の最高安全衛生責任者である三原常務取締役は、この問題について以下のように述べています。

 一方で労働安全衛生マネジメントシステムの導入を全部門で宣言しましたが、成績がよほど改善されていないということは、まだ従業員一人ひとりの安全に対する心構え、問題意識が徹底していないのではないかと思います。「仏作って魂入れず」ということになっているのではないかと深く反省しているところです。・・・・・(中略)
 もう一つは、本来は個々人の自覚に基づくのが非常に大事であるのですが、ご承知のように災害を起こした職場については、まず1ヶ月間安全指導職場とし、同じ問題を2回起こしたところについては安全管理職場としてさらに100日間指導するということを実施しております。さらに問題があればその職制も変えていくというぐらいの厳しい措置をとっており、こうした取り組みをした職場は成果が上がっています。こういう厳しい部分も取り入れながら、トータルで「安全・安心・快適な職場作り」という原点に立ち返り、やらなければならないと思っています。

 以上を見てみると、労組委員長の発言からは「安全に関する技術・技能の伝承が途絶えつつあるのではないか」「製造現場が高操業の中で工程優先的な風潮になっていないか」などの経営責任を問う発言が見られましたが、会社側の発言からは、従来からの労働者個人の注意を問題にした「従業員一人ひとりの安全に対する心構え、問題意識が徹底していないのではないかと思います」といった発言のみで、事故原因についての具体的な調査結果の報告や、県警が指摘しているずさんな安全管理や高操業の中で生産工程を優先させたことへの反省は見られません。
 しかも驚くべきことに、災害を起こした職場については、「職制も変えていくというぐらいの厳しい措置をとる」とも述べています。何故事故を起こした職場に罰則を課すような安全対策しか取れないのでしょう。しかも、職場全体に連帯責任を課すようなやり方では、仲間の安全を気遣う相互の信頼関係や、人間関係は生まれません。

<真に安全で快適な職場づくりのために>

 事故後の8月31日には、日本共産党の吉井秀勝衆議院議員と、山下芳生参議院議員らの党議員団は、兵庫労働局に対し、労働安全衛生法に基づく「クレーン安全規則」に照らすと、労基署に届出が必要な大工事であるにも関わらす、川崎造船が届出を出していなかったのは重大だと指摘し、生産計画と事故との関係も調査するよう求めました。また、川崎造船に対しては「現地立ち入り調査の申し入れ」をしましたが、川崎造船はこれを拒否した経緯もありました。

 このたびの警察による捜査結果で明らかになったことは、直接の原因はクレーンの重心を誤ったことですが、通常20日は準備にかかる作業を短期間の休日の作業で済まそうとしたことや、社内規程で工作部長が安全性を確認する「審議会」を開くよう定めていたにもかかわらずそれを実施しなかったことなど、背景に「高操業の陰で安全が後回しにされている」実態がうきぼりになったことです。
兵庫労働局の八田雅弘局長は、28日の会見で「受注が増えている時期だからこそ安全の意識を高め、しっかりと取り組みをしてほしい」と苦言を述べています。

 会社は事故が起きるたびに、「個人の不注意」とか「自分の安全は自分で守る」など毎回同じことを呼びかけますが、このたびの重大災害の主要な原因は、「個人の不注意」ではありません。捜査関係者も指摘しているように「安全を軽視し生産工程を優先した」ことなのです。
 もちろん一人ひとりが、日々安全規則を守ることは安全の基本でありとても大切なことです。しかし、個人の注意力にだけ依存しているような安全対策だけでは事故は無くならないのです。このことは106人の犠牲者を出したJR西日本の列車脱線事故でも明らかになった教訓ではないでしょうか。安全にも投資が必要なのです。安全な設備と、準備に十分人手をかけること、また、互いの安全を気配りする信頼関係、これが「生産第一」ではなく「安全第一」ということではないでしょうか。

 会社はこのたびの事故原因に関する警察の捜査結果を真摯に受け止め、亡くなられた方々の犠牲を無にしないためにも真に実効性のある安全対策を講じるべきではないでしょうか。

(08.02.23)