「ダイバーシティ推進 社長メッセージ」を考える

 

1.はじめに 

 2011年6月1日付「ダイバーシティ推進 社長メッセージ」(以下「ダイバーシティメッセージ」)は、「人それぞれの違いを受け入れ尊重する」、「金太郎飴のような集団」からの脱皮等、歴代の社長メッセージには無い内容でした。そのため、職場では、「この発言に感動した」、「本当にこのようになれば素晴らしい」と好意的な声があります。しかし、「ダイバーシティメッセージ」は一方的な提起で、これだけで評価を下すことはできません。
 そこで、「ダイバーシティ」の意味、歴史、推進している財界の主張を検討し、この新たな提起について考えました。

2.「ダイバーシティ」の意味、歴史

−「ダイバーシティ」とは

 「ダイバーシティ」とは"相違"あるいは"多様性"を意味する単語で、転じて多様な考え方・個性を示す言葉として使われています。
 「ダイバーシティ」は「ダイバーシティ・マネジメント」とも言い、多様な価値観を企業の活動に取り込むことによって、成果に結び付けようとする活動として、大企業を中心に近年積極的に取り入れられています。 

−はじまりはアメリカ−

 「ダイバーシティ」は1964年アメリカ公民権法(年齢・性別・人種などによる一切の差別を禁止する法律)による差別撤廃に端を発しています。これ以降、企業は機会均等、少数民族や女性に対する優遇措置が義務付けられ、多様な人びとを人事、労務管理する概念として定着していきます。
 1970年代に入ると、アフリカ系アメリカ人従業員や女性従業員が差別撤廃の訴訟で勝訴し、企業が多額の賠償金を支払う事態が起きました。当時の「ダイバーシティ」は賠償によってかかる負担を減らすために必要なコスト、という考え方が主流だったようです。
 1980年に入ると「ダイバーシティ」の企業防衛的な位置づけが大きく変わりました。グローバル化、市場と技術の多様化に伴う労働の多様化により、「ダイバーシティ」を人事戦略の課題としてとらえ、積極的に導入・具体化するようになりました。

−日本では日経連2002年報告から−

 1995年に日経連(現・経団連)は今日の労務管理の指針となった報告書「新時代の『日本的経営』」(以下「新時代」)を発表しました。これは、「長期の不況、円高、国際競争の激化などによる日本経済のゆきづまりを労働者の全面的な犠牲によって打開していこうとするもので、雇用、賃金、労働時間、福利厚生、『労使関係』など多岐にわたってかれらの主張をのべたもの」(猿橋眞著「日本労働運動史」)でした。しかし、この時期にはまだ「ダイバーシティ」は登場していません。

 「ダイバーシティ」が議論され始めたのは、日経連2002年5月「原点復帰−ダイバーシティ・マネジメントの方向性」(以下「原点復帰ダイバーシティ」)が発表されたころからです。
 同報告書は2000年7月に研究会が発足、足かけ約2年の成果として出されたものですが、「多様な人材を生かす戦略」、「企業の成長と個人のしあわせをつなげようとする戦略」と企業だけでなく労働者にとっても大きなメリットがあると結論づけています。

 そして、この内容が2004年に経団連の"企業行動憲章"改正で、「従業員の多様性、人格、個性を尊重するとともに、安全で働きやすい環境を確保し、ゆとりと豊かさを実現する」と"多様性"を取り入れ、今日まで継承されています。
 今日では多くの大企業が「ダイバーシティ」を具体化し、インターネット上でその取り組みを掲載・紹介しています。

−川崎重工では2005年からはじまり、今年から外国人採用を−

 川崎重工での「ダイバーシティ」への取り組みは経団連の"企業行動憲章"改正直後の2005年頃からで、そのことを社内誌「CSR報告書2011」の中で、定年年齢の段階的な延長、次世代育英支援の行動計画策定等をあげて紹介しています。

 2010年4月からは「ダイバーシティ推進課」を新設し、様々な取り組み ※1を行っています。

※1 社内誌で紹介している取り組みは次の通りです。
1)全従業員のワークライフバランス実現に向けての多様な働き方への対応 2)女性活躍推進 3)障がい者雇用促進 4)次世代育成・介護支援 5)高齢者に配慮した職場づくり

 最近の動きとして、2011年7月9日付神戸新聞での人事部副部長のインタビュー記事で、「今年初めて、総合職で外国人の新卒者を募集した。国内の外国人留学生が主な対象だが、今後は海外の大学にも求人の手を伸ばす」と外国人採用の新たな展開を表明しています。

3.経団連が追求する「ダイバーシティ」の内容

 財界・大企業にとって1990年代は、これまで企業を支えていた「終身雇用」、「年功序列賃金」、「パイの理論」※2等を見直し始めた時代でした。

※2 「パイの理論」とは、賃金は生計費ではなく「生産の分け前」だから「パイ」すなわち生産自体を大きくしなければならないというもので、「生産性向上」に協力させながら、わずかの「分け前」の範囲に賃上げを抑制しようとするものでした。
しかし、年金・社会保障費の企業負担分もふくむ総額人件費の削減が、企業収益改善・利潤創出の最大の柱と位置づけられ、わずかの「分け前」すらださなくしようとして、「パイの理論」は破たんしました。

 そのため、経団連は破たんした路線に代わる新しい戦略的イデオロギーを、1995年「新時代」、2002年には「原点復帰ダイバーシティ」と立てつづけに発表したのです。しかし、この二つの発表は「成果主義」をめぐる混迷の表れだったと思います。

−「成果主義」から「ダイバーシティ」へ−

 日本での「成果主義」は、富士通が1993年アメリカ・シリコンバレーの制度を導入したことが始まりで、初めのうちは業績向上に貢献しました。日経連は、この富士通の影響も受け、「新時代」で「成果主義」への切り替えを主張したと思われます。
 しかし、富士通での「成果主義」の破たんは意外に早く、「21世紀の成長企業であるはずの富士通は、21世紀突入と同時に大きく失速(slow down)した」(城繁幸著「内側から見た富士通『成果主義』の崩壊」)と、10年も持ちませんでした。
 皮肉にも、2000年初頭は、富士通での「成果主義」が破たんした時期であると同時に、多くの大企業ではまさに「成果主義」導入開始の時期でもありました。この時期に「原点復帰ダイバーシティ」が発表されたのです。

 「成果主義」は総人件費抑制、限られた「パイ」を働きの差で分配を決める制度で、労働者間の“競争”をあおる考えです。それに対して、「ダイバーシティ」は“一人ひとりの個性を強みとして生かす経営”、“協力・共同・強調”等をうたっています。

 ある意味「ダイバーシティ」は「成果主義」の破たんを覆い隠す"イチジクの葉"としての任務を持たされての登場だったと言えるのではないでしょうか。

財務省「法人企業統計調査」、内閣府「国民経済計算」から作成
銀行・保険を除く資本金10億円以上の大企業

2010年2月8日衆議院予算委員会志位委員長が使用したパネル

−「ダイバーシティ」に過大な期待は禁物−

 財界・大企業が1995年「新時代」以降行ってきたことを、ここ10年間の大企業の経常利益と内部留保、雇用者報酬の推移で見ると、大企業が空前の利益をあげ、逆に労働者の賃金は減少し続けた異常な事態が進行したことが分かります。

 これは、「国際競争力」という名による大企業の身勝手な、正社員の非正規雇用労働への置き換え、「使い捨て」労働の蔓延、正社員のリストラ・賃金引き下げ、労働コストの削減、中小零細企業の下請け単価切り下げ、等の結果です。

 この10年に対して財界・大企業はどのような教訓・反省を導き出したでしょうか?

 経団連の2011年春闘方針書では、「現下の状況を打開するために、経営者は国際的な市場獲得競争に勝ち抜くという強い覚悟を持ちつつ、人材・設備・資金・情報(含むノウハウ)といった経営資源をグローバル市場の動向に適切に対応させ、自社の収益向上へと結びつけていくことが求められている」(「経営労働政策委員会報告2011年版」)と「国際競争力」の名のもとでの横暴勝手に少しの反省もなく、更にその路線を強力に進もうとしています。

 このような国民犠牲の路線に反省のないままでは、労働者を大切にする装いを凝らした「ダイバーシティ」に過大な期待を持つことはできません。

4.求められる「ダイバーシティ」に向かって

−皆さん−

 「ダイバーシティ」は"企業行動憲章"で「従業員の多様性、人格、個性を尊重するとともに、安全で働きやすい環境を確保し、ゆとりと豊かさを実現する」と表明していますが、本当に、企業と労働者の健全な発展を望むのであれば、大企業の利益優先の路線を改め、大企業が蓄積した過度の内部留保を、雇用対策や中小企業への援助など、社会に還元させる方向で、「ダイバーシティ」を具体化することが求められています。

 社長は「ダイバーシティメッセージ」で「組織として最大限の成果を出すための方法を考えなければなりません」と今後の具体化を示唆しています。
 私たちはその具体化の第一歩として、まず株主総会で議論になった「企業内保育所設置」、労働者を大切にする「派遣社員、契約社員の正社員化」や「60歳以上、派遣・契約社員、正社員の賃金改善」等を早急に実施すべきだと考えています。

 「ダイバーシティ」制度を本当の意味で確立していくには、労働者一人ひとりの声が大切です。私たちと共に、会社に対して要求して行こうではありませんか。

(11.09.17)