労働基準法を生かそう

1.はじめに:
 労働基準法(以下「労基法」)が制定されてから今年(2010年)で63年になります。労基法制定後何度かの改正が行われ、今年4月1日からは時間外労働の割増率が引き上げられます。
 労基法はすべての労働者に対して、人間として生きるための最低限の条件を定めたもので、かつ「その向上を図るように努めなければならない」(第1条2項)ものです。このことは憲法第25条の「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」とつながっています。
 しかし、色々なところで指摘されている通り日本の労基法は先進諸国に比べてレベルが低く、しかも国際労働機関(ILO)1号条約など労働時間に関する条約はほどんど批准できていません。
 労基法は労働者自らの健康と生活を守るために非常に大切です。また違反行為に対しては、労働組合を通じての会社への申し入れや、労働基準監督署(以下「労基署」)への告発などを通じて会社に是正を求める根拠として、労基法が武器になります。
 以下は、最近問題になっている「名ばかり管理職」と「サービス残業」にスポットを当ててみました。

2.労基法違反の典型:
 非常に悲しいことですが、労基法違反は法律制定以来後を絶ちません。これは経営者側の不勉強もあって解説書が売られるくらい多いのが現状です。しかも労基署から違反として報告されるものだけでも毎年数万件以上になります。表面化しないものはもっとあるでしょう。
 違反のワースト5は多いものの順に以下の通りで、ほぼ毎年変わりません。

労働基準法第32条・・・所定労働時間が1日8時間、週40時間が守られていない
労働基準法第37条・・・サービス残業、あるいは割増賃金が基準に満たない
労働基準法第89条・・・就業規則がない、あっても労基署に届けていない
労働基準法第15条・・・労働条件をはっきり示さないまま働かせる
労働基準法第108条・・・賃金計算の根拠やいくら払ったかを示す賃金台帳を作っていない

 上記のほとんどは就業規則が存在、あるいは労働協約が結ばれて書面化され、労基署に提出されていれば起こらない問題が多いと思われます。しかし労基法についての認識が薄い経営者や、労働組合がない会社では違反していても気付かないものと思われます。
 さらに重大なのは、労働組合があっても違反行為が巧妙に隠蔽され、摘発されにくい仕組みが作られていることです。その典型は「サービス残業」で、タイムレコーダーを設置せずに労働者に「自主的に」申告させたり、あっても終業時間を刻印させてから働くように仕向けるなどの手口が使われています。川重でも事務技術職に対してメール・データベースソフトの「ロータス・ノーツ」の起動時間を自動的に記録して労働時間を監視していますが、「ロータス・ノーツ」を停止した状態で別のパソコン作業を行っている例があります。
 またマスコミでも取り上げられたように、会社が意図的に労働者を管理職にして残業代を支払わない「名ばかり管理職」は脱法行為の典型です。

3.「名ばかり管理職」と第41条:
 労基法32条およびそれ以降には労働時間、休憩、休日、時間外割増賃金の規定があります。しかし41条にはそれらの規定を除外できる、労働者とはみなされない範囲の規定があります。管理職に関しては41条の「2.事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者又は機密の事務を取り扱う者」について、本文では細かい定義をしていませんが、過去に出された厚生労働省の通達では、

 1)労務を管理する立場にある
 2)経営者と同じような立場で判断できる
 3)勤務時間や休暇などの規定にしばられない
 4)一般社員と比べて賃金面で充分に優遇されている

とされています。この除外規定を会社側が不当に拡大していることが「名ばかり管理職」を生む原因です。
 労働者と使用者の線引きは難しいところがありますが、大雑把に言うと重役でもない限り一般的に管理職と称されている人はすべて労働者です。ここが曖昧にされ、かつ労基法を良く知らないと「お前は管理者になって会社側の人間になったのだから残業代はつかない。労働者のような文句は言うべきでない」と会社側から言われても反論が困難なのです。
 しかし労働の実態が管理職とはいえない場合は残業代を請求できます。その典型は「日本マクドナルド」の店長が起こした残業代の支払と慰謝料を請求した裁判です。
 東京地裁は店長が労基法第41条でいう管理職にはあたらないとして原告勝訴の判決を言い渡しました。
 マクドナルド裁判を受けて、厚生労働省は「多店舗展開する小売業、飲食業等の店舗における管理監督者の範囲の適正化について(基発第0909001号)」(2008.9.9)という通達を出しましたが、日本の現状ではもっと広い範囲で検討すべき問題があると思われます。
 また労働者の側も組合などを通じて41条の適用範囲を厳密に守らせるたたかいが重要になっています。同時に管理職になったからといって労働組合に加入できないというのも間違いです。確かに加入要件として管理職を締め出している組合は多いのですが、独自に組合を作って会社と団体交渉を行うことは可能です。

4.「サービス残業」と第37条:
 サービス残業には以下のようなパターンがあります。(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

 1)労働者に残業申請を行わせない
 2)職場外での仕事の強制
 3)裁量労働制の違法利用
 4)管理職に昇進させる
 5)半端な業務時間を切り捨てる
 6)帰宅拒否症候群

 1)労働者に残業申請を行わせない
 事務技術系の職場では広範囲に行われていると考えられます。
 これらの職場ではタイムカードやICカードで時間管理をせず、申告制で残業を付ける例が広くいきわたっています。しかも残業時間の上限を上司から指示されることが多く、サービス残業を生む温床になっています。
 このことを受けて、厚生労働省は「【基発339号】厚生労働省労働基準局長から都道府県労働局長あての通達」(2001.4.6)を出しました。時間管理はタイムカードやICカードで行うべし、どうしても申告制にせざるを得ない場合は時間をきちんと記録し、残業の上限は設けないこと、となっています。つまり通達を出さなければならないほどサービス残業が蔓延してる実態を政府も認めたのです。

 2)職場外での仕事の強制
 仕事量が多すぎて自宅へ書類などを持ち帰って仕事をする、いわゆる「風呂敷残業」です。実態に即して「フロッピー残業」とか「ノートパソコン残業」とも言われていますが、最近は情報漏洩の観点から禁止する企業が増えています。

 3)裁量労働制の違法利用
 文字通り裁量労働制の適用範囲の不法な拡大で、最近ではシステム開発会社のプログラマーをシステムエンジニアとした例がありました。それと裁量労働制でも残業が発生すれば割増付きで残業代がもらえます。またいくらかの残業時間込みで裁量労働制の所定労働時間を決めている場合でも、通常労働による時間をオーバーしている分については割増分が支払わなければなりません。
 似たケースで、年俸制を取っている場合でも、所定労働時間を超えれば残業代は請求できます。

 4)管理職に昇進させる
 先に書いた「名ばかり管理職」のことです。これによって会社は残業代を払わず、「コスト削減」をねらいます。

 5)半端な業務時間を切り捨てる
 主に所定労働時間前後に行われる短時間の作業服、保護具の着替え、あるいはミーティング、掃除などが残業とみなされるかどうかの問題です。始業・終業時間の線引について法律上の明確な規定はありませんが、これまでの判例から労働時間内とみなされるのは「使用者の指揮命令下に置かれたかどうかで定まる」とするのが通例です。従って上に挙げた例を定時時間外に行っていながら残業代を払わないのは「サービス残業」に該当します。

 6)帰宅拒否症候群
 家庭内がうまくいっていないことによって帰宅をしたがらない、通称「帰宅拒否症候群」が典型です。これ以外にも、単身赴任のために一人暮らしの部屋に戻ってもすることがない、などの理由によってずるずると会社に残るというケースもあります。

 こうした「サービス残業」の実態はいずれも賃金不払いに該当するものです。よって、組合を通じて会社に是正を申し入れたりできますが、労基署への申告や、場合によっては訴訟に持ち込むことも可能です。
 「サービス残業」は「過労死」とならんで、他国には見られない、日本独特の悪しき慣行です。最近は企業の社会的責任が問われることが多くなり、「しんぶん赤旗」のみならず、大手マスコミにも労基署の賃金不払い是正勧告や訴訟が報じられることが多くなりました。それだけ社会の見る目がきびしくなってきたということですが、まだまだ根絶には至っていません。
 逆に財界・大企業は、管理職だけでなく一般労働者もカバーする「ホワイトカラー・エグゼンプション」制度導入を目論んでいます。これはホワイトカラー労働者の多くを8時間労働制の適用から除外させて、残業代の支払を「合法的」に逃れようというものです。先行して導入した米国での労働者の評判は悪く、管理者になりたがらない労働者が多いということです。
 このような制度は絶対に法制化させてはなりません。労働者のたたかいで阻止しましょう。

5.終りに:
 労働基準法は新憲法の下、不十分ながらも戦前の「蟹工船」のような劣悪な労働条件を引き上げるものとしてスタートしました。
しかし1985年に「労働者派遣法」が制定されて以来、労基法も次々と改悪されています。主なものは変形労働時間の創設、裁量労働制の導入などです。その結果、「労働者派遣法」改悪の影響も含めて、労働者の賃金は大企業の経常利益の上昇とは反対に下がり続けています。
 現在、どちらかというと「労働者派遣法」の改正の方に目が向きがちですが、労働基準法についても国際的レベルまで引き上げる必要があります。しかし、改正を待つまでの間でも違法行為を正していくたたかいは続けていかねばなりません。それは労働者の健康と生活を守る意味でも大変重要です。

(10.03.31)