「パートナー社員制度とアベノミクス」
2014年6月6日の賃金専門委員会の席上で組合は、会社側から「パートナー社員制度の新設」について報告を受けました。
その制度は、「庶務その他補助的業務あるいは特定分野の定常的業務を遂行していく従業員を、期限を定めず63歳まで雇用する新たな社員制度」であると、会社側は概要を説明しました。
職場では、「会社側は、誰を対象にして、何をしたいのかさっぱりわからない。」、「賃金や社員雇用制度など、組合と協議していかないといけない内容なのに、報告という名で組合に対して一方的に通達するというのは、何か変だな。」という声が聞こえています。
時を同じく2014年6月に安倍自公政権は、アベノミクスの総仕上げである「新成長戦略」に盛り込んだ「働き方改革」の要である、「非正規雇用の拡大」と「残業代ゼロ」の法制化を狙って、2015年度雇用対策予算要求を行いました。そして、その手始めに9月29日の閣議決定を経て、労働者派遣法改悪案を再提出しました。
川崎重工が実施する「パートナー社員制度」は、安倍自公政権の「アベノミクス」とは、無関係なのでしょうか?「非正規雇用の拡大」と「残業代ゼロ」とは無関係なのでしょうか?
次から次へと湧いてくる「何か変だな」という疑問について、皆さんと一緒に考えてみましょう。
1.「パートナー社員制度」の処遇内容と一般従業員への転換規定・実施日
「パートナー社員制度」の処遇内容・他について紹介します。
(1)定年
・定年年齢63歳。63歳以降は一般従業員と同様、定年後再雇用社員として処遇する。
(2)賃金
・賃金は一般従業員と同様(但し、職務レベルは現状のG2くらい)。年1回能力評価を行う。諸手当の取り扱いは、一般従業員と同様。
・賞与は、春季・秋季定額。夏季=1.5ヵ月+一般従業員のカンパニー業績反映分−春季定額分。冬季=1.5ヵ月−秋季定額分。
・退職金は、勤続3年以上の従業員に対して、勤続年数別に支給する。
(3)採用・異動・転勤
・採用は、各事業所単位。
・原則、異動・転勤無し。ただし、転居が無い場合、異動・転勤を命じられる。
・会社と本人が合意したら、転居を伴う転勤もある。
(4)社会保険・福利厚生等
・厚生年金、健康保険等については川崎重工の制度に加入。
・福利厚生等については、別に定める。
(5)一般従業員への転換規定
・業務上の必要性がある場合、試験を行い一般従業員へ転換することがある。
(6)実施日
・2014年10月1日
(赤字部筆者)
2.「パートナー社員制度」の問題点
「パートナー社員制度」の処遇内容・他については以上ですが、それから見えてくる問題点について考えてみます。
気になるのは、「一般従業員と同様」と記載されている箇所と、その言葉を記載されていない箇所についてですが、その点について考えてみましょう。
項目 | 問題点 |
賞与 | ・今年の妥結実績の年間5.1ヵ月と対比すると、5.1ヵ月-1.5ヵ月×2回=2.1ヵ月分少ないことになります。 |
退職金 | ・「勤続3年以上の従業員」という一般従業員にない、会社に対する服従期間ともいうべき試用期間を持ち込んでいます。 |
採用 | ・「各事業所単位」という一般従業員にない、限定規定が持ち込まれています。 |
異動・転勤 | ・転勤が無いように規定していますが、その後の規定に「転居が無い場合」と記載されていたり、「会社と本人が合意したら、転居を伴う転勤もある。」と記載されているように、結局は、何でもありの「一般従業員と同様」の規定になっています。 |
厚生年金・健康保険 | ・「川崎重工の制度に加入」するということですから「一般従業員と同様」となりますが、「福利厚生」については、「別に定める」ということですから、一般従業員の規定から除外されることになります。つまり、支出に関しては「一般従業員と同様」ですが、優遇内容については除外されるという、差別的な内容となっています。 |
一般従業員への転換規定 | ・会社側が「業務上の必要性がある」と認めた場合、「試験を行い一般従業員へ転換することがある」し、無いこともあるというように、会社への絶対的な服従を強要するような内容です。 |
3.改正労働契約法
第18条と「限定正社員」制度の関係
話は変わって、財界と安部自公政権が創り出そうとしている「限定正社員」の背景について説明します。
2013年4月1日から労働契約法が改定され同法18条で、5年を超えて繰り返し雇用された有期契約労働者(パート、アルバイト、派遣社員、契約社員、嘱託で働く全ての人)は、申し出れば無期契約に転換されることになりました。但し、通算契約期間のカウントは、2013年4月1日以後で、それ以前に開始した有期労働契約の通算契約期間は含まれません。
今、企業では、「改正労働契約法への対応」などを考えて、「勤務地や職種、勤務時間を限定した『限定正社員』制度の導入や拡大について企業の19.1%が前向き」に「検討できる」と答えています。また、従業員1万人以上の大企業では「45.5%」が「検討できる」と答えています。(2014年9月24日付、神戸新聞)
このように改定労働契約法の対策として「限定正社員」制度が浮上してきたのです。
4.限定正社員制度とは
それでは、財界と安倍自公政権が創り出そうとしている「限定正社員」制度とはどのようなものなのでしょうか?
財界と政府によって構成されている産業競争力会議では、「世界で一番企業が活動しやすい国」づくりや、「労働者を働かせやすい国」づくりを確実なものにするために、「働き方改革」を推進しています。その中で法案化も含めて議論されているのが、正規労働者に対しては「年収1000万円以上の人は残業ゼロ」、非正規労働者に対しては「限定正社員」という「名ばかり正社員」を含め非正規労働者を増やそうとする策動です。
その2本柱の1本が、「限定正社員」制度です。その内容概要と怖い仕掛けは、以下のようなものです。
概要 | 「限定正社員」制度の怖い仕掛け |
・職務を限定すること。 | ・業務の外注化などによって職務が無くなれば解雇できること。 |
・勤務地を限定すること。 | ・勤務地(事業所)が無くなれば解雇できること。 |
5.パートナー社員制度とアベノミクスの行き着く先
今、職場では、男性だけでなく若い総合職の女性も長時間労働で疲れ切っています。これは、川崎重工が1986年4月から施行された「男女雇用機会均等法」を利用して、女性の職務を「総合職」と「一般職」に区分けし、「総合職」には男性並みの過重労働を強い、「一般職」には、低賃金の固定化を狙った職務形態です。この職務区分け形態は、「パートナー社員制度」の先取りと言っても過言ではありません。その行き着く先に、疲れ切った若い総合職の女性群の姿があるのです。
また、職場の恒常的な風景として、長時間過密労働を強いられた「正社員」と、正社員以上のスキルを持った低賃金で短期契約の「派遣社員」が、二極化された形で同一労働を行っています。ここでは、ヨーロッパでは当たり前の同一労働・同一賃金の原則など微塵も見られず、恒常的な労働者間の軋轢も見受けられ、技能・技術の衰退が顕著になっています。また、海外労働者を恣意的に受け入れて「派遣社員」や「国内請負業者」の競争を煽り、更なるコストダウン・単価ダウンを迫る状況にもあります。その行き着く先に、疲れ切った「正社員」・「派遣社員」・「国内請負業者」の労働者群の姿があります。
川崎重工関連の疲れ切った労働者群の意味するものは、何でしょうか?
日本の国内に目を転じても、疲れ切った年収200万円以下の労働者が2013年には、1100万人を超えてしまいました。1000万人を超えたのはこれで、8年連続という異常な状態です。
アベノミクスが推進している「働き方改革」の行き着く先は、すでに疲れ切った労働者群の姿と、肥え太った資本家の姿が体現しています。
「パートナー社員制度」の行き着く先は、川崎重工の労働者を今以上に二極化させる狙いが見えています。「正社員」は、今後、安倍自公政権が行おうとしている「年収1000万円以上の人は残業ゼロ」に向けて振るい落としが始まり、振るい落された「正社員」は「限定正社員」への降格が考えられます。未だに「パートナー社員」制度の対象者を明確にしていないことからして、「派遣社員」の囲い込み策(会社側が業務上の必要性があると認めた人のみ)のアメ、として使われる可能性もありますが、ほとんどの「派遣社員」に対しては、更なる単価の切り下げ・労働条件の切り下げ・無理な仕事の強要など、ムチとして使われるでしょう。結果として、「正社員」の減少が起こり、「限定正社員」も職務や事業所が無くなれば解雇自由になることからして、川崎重工としての全体の労務費の削減に繋がることは必至です。
ここで、もうひとつ労働者の皆さんと資本家の皆さんに考えてもらいたいことがあります。それは、労働者は生産者であると共に購買者だということです。実質賃金は下がり、疲れ果てている労働者に、景気回復のための購買力もマインドも残っているでしょうか?
労働者が疲弊していく目先の「パートナー社員制度」に資本主義の未来はあるのでしょうか?
経済学で「合成の誤謬」という言葉があります。個人や個々の企業がミクロの視点で合理的な行動を取っても、社会全体では意図しない結果が生じることを意味しますが、一企業の目先の利益だけを考えていたら、日本国全体の人も企業も疲弊してボロボロになってしまいます。
労働者あっての資本家。このことを、皆さん今一度考えてみましょう!
(14.10.14)