川崎重工 「分社会社(KRM・KMC)の今後の人事制度の在り方」を労働組合に提案
利益優先の労働条件の変更ではなく、楽しく仕事ができる人事制度にすべきでは
8月3日の臨時中央経営協議会で、会社は「分社会社(KRM・KMC)の今後の人事制度の在り方」について提案しました。新会社が設立(昨年10月)してまだ10ヵ月という段階です。
職場からは、“何も変わらないと言っていたではないか”、“カンパニー間格差をやめることにしたはず”、“過去最高益なのだから還元できる制度にしてほしい”などの声があがっています。それぞれの声は、もっともなことだと思います。
職場の声の背景にある問題を考慮しながら、今回の提案で気になる点や問題点について考えてみたいと思います。
昨年分社にあたって確認した労働条件等および今回の提案の主な内容
昨年分社時に確認した労働条件等の主な内容 |
- 現行の労働条件をそのまま新会社へ引き継ぐ
- 分社後の新人事処遇制度・福利厚生制度は、川重と同様の取扱いとする
- 分社会社での新卒採用は川重グループ一体の枠組みで対応する
- 新会社との人財交流・技術支援も従来通りに実施する
- グループ一体運営の観点から、人事制度や採用政策などの人事施策の共通化を図る
|
今回の提案の主な内容(質疑応答の中での発言も含む)
(労組ニュースNO.2013より)
KRM:川崎車両(株)
KMC:カワサキモータース(株) |
「個社ごとの事業環境の変化や固有の課題に適時対応できるよう、労働条件の内容などを含めて権限移譲を進め、マーケット特性に応じた自律的経営を一層推進する必要がある・・・一体的グループ経営という前提を維持しつつも、個社ごとの適切なタイミングを見極め、それぞれの経営環境に即した人事制度を導入することで、分社会社としての業界内での競争力を強化するのみならず、分社会社の従業員の社内における一体感を醸成し、各社の自律的成長を支援していく」
【KMC】
- 「独自労働条件導入の方向性」…「事業環境・事業特性に応じて弾力的に運用すべき部分については、順次必要に応じて労働組合と協議のうえ見直しをはかる」
- 「現時点での独自労働条件検討項目」
- <新卒採用>独自採用(入社時から直接雇用)事技職:2024年入社者から、生産職:2023年入社者から
- <業績連動賞与(一般従業員)>独自業績連動を導入、2023年度支給分から
- <国内旅費・海外旅費>派遣実態に応じた日当・滞在費額等の見直し、2023年4月
- <海外駐在員取扱>海外勤務手当内容の見直し、2023年4月〜10月
- <作業服>作業服一新、2023年4月
- 「質疑応答」…「今後他社とのアライアンスが実現する等事業の位置づけが大きく変化する状況になった場合には、必要に応じて基本的なフレームワークから再検討していくことになる」
【KRM】
「 改めて適切な時期にKRMとしての最適な人事制度の形を検討する」
|
上の表の通り、昨年分社時に労組と確認されたことがことごとく覆された内容が提案されています。
提案内容で気になる点や問題点
あまりにも気になる点や問題点が多いので、少し長くなりますがお付き合い願います。
●会社が「従業員・組合員は分社によって何ら変わらない」との約束で新会社を設立して、1年内に労働条件の見直し提案では、経営陣の言うことを信用できなくなる
- 労組委員長が臨時中央経営協議会のあいさつで、「設立し1年経過しないこのタイミングでは、組合員にとって労使協議の信頼感が低下しかねない」と不満を表明しています。その通りだと思います。
- 新卒採用については、分社の協議の中で、川重グループ一体の枠組みで対応すると合意していましたが、来年度から独自採用をするとすでに決定したとのことです。しかも、労組との協議事項ではなく報告事項だということです。
- 会社は、KMCが2021年度に過去最高益となったことから、「分社当初の従業員の不安が解消しつつあり、従業員のモチベーションの観点からは、同一労働条件であることがむしろマイナスに寄与することも懸念される状況」だと述べています。いまがチャンスとばかりの提案に見えてしまいます。
●なぜ分社ごとに労働条件・人事制度を変える必要があるのか 「総労務費の圧縮」が目的ではないか
- 今回の労働条件見直しの提案理由は、「自律的経営を一層推進する」ためだとしています。なぜそのために労働条件を変更しなければならないのかが理解できません。昨年、自律的経営の方針で分社し、グループと同一労働条件で運営しながらも、成果が出ていると会社自身が言っていますのでなおさらです。
- 質疑応答の中で会社は、「分社に際しては、本来的にはそれぞれの経営環境に即した人事制度を導入」すべきでありましたが、「従業員の不安解消の観点」から同一労働条件としたと述べています。要するに、当初から分社ごとの労働条件を考えていたということです。そうなると、分社を打ち出した「グループビジョン2030」は、「2021年度黒字化」「総労務費の圧縮」等を旗印としており、今回の提案はその延長線上となり、「総労務費の圧縮」が大きな目的ではないかということになります。
- そうとなれば、分社会社の非正規社員も含む全労働者を不安に陥れる提案になります。
●「個社ごとの事業環境の変化や固有の課題に適時対応できる」労働条件では、その変更に歯止めがきかなくなる
- 今回の提案では、具体的な労働条件変更の検討項目はKMCについてのみで、それも「現時点」という条件付きです。検討項目の内容も不明です。今後、「順次必要に応じて労働組合と協議のうえ見直しを図る」としています。
- 会社の提案は、「今後他社とのアライアンスが実現する等事業の位置づけが大きく変化する状況になった場合には、必要に応じて基本的なフレームワークから再検討していくことになる」と述べているように、「個社ごとの事業環境の変化や固有の課題に適時対応できる」ように、労働条件を自由に変えたいというものです。これでは労働条件の変更に歯止めがかからないのではないでしょうか。
●「一体感の醸成」とは分社ごとではなく、グループ全体のことではなかったのか
- 会社は、提案で「それぞれ経営環境に即した人事制度を導入することで・・・分社会社の従業員の社内における一体感を醸成」したいと述べています。しかし、分社の協議では、「組織再編後の分社会社の独立性と全社としてのシナジー・一体感の醸成とのバランスを考慮しながら人事上の取り扱いを精査している」(2020年12月17日臨時中央経営協議会:労組ニュースNO.1946)の述べ、分社ごとではなく全社の「一体感の醸成」を問題にしていたはずです。
- カンパニー別業績連動制度の廃止のときも、「全社としての一体感醸成の障壁となりつつある」(2021年1月15日労働協議会:労組ニュースNO.1951)との理由でありました。
- 今回の提案は、これまでの会社の説明に反していますし一貫性に欠けるものです。川重のどのカンパニーや事業で働いても、同じ労働条件であってこそ、 「一体感の醸成」ができるのではないでしょうか。
●「社員が幸せな会社…好業績を実感できる仕組みが不可欠」というなら、KMCだけでなく全社に適用すればよいではないか
- これまでも「生み出された好業績を実感できる仕組み」と称して、人事制度を幾度も見直してきました。しかし、人事制度の見直しによって、労働者の待遇がよくなったという実感を持ててないと思います。(2020年1・2月の労組の賃金アンケート結果では、賃金制度の満足度で「十分満足+まあまあ満足」が25%、「不満+やや不満」が49%でありました。2021年11月のWINDEX調査結果では、「報酬・福利厚生」が前年の調査より3ポイントも下回りました。)
- 川重の業績の推移(川崎重工の経営指標)を見れば、一時的に営業損益のマイナスはありますが、総じて利益をあげ、内部留保も着実に増やしています。配当も赤字のとき以外は、基準とする配当性向30%を大半は超えており、株主には還元しています。しかし、従業員の平均年間給与はまったく上がっていないどころか、コロナ禍の下で下がっています。これでは、残業なしで人間らしい生活ができる賃金にほど遠く、「好業績を実感」できるはずがありません。
- 今回、「好業績を実感できる仕組み」の方策を持っているというのであれば、KMCだけでなく全社に適用すればよいのではないでしょうか。
●これまで川重の強みとしてきた「総合重工」「総合技術力」を発展させる方向に逆行するではないか
- 労働者は経営陣と違って長く働かなければなりません。その間、すべてのカンパニー・事業がいつも「好業績」とは限りません(セグメント別 売上高・営業損益・従業員数・税前ROICの推移)。必ずや景気の山谷があるものです。それを総合重工としてカバーしてきました。分社すれば景気の山谷の影響をまともに被ることになり、不安定な生活を強いられることになります。
- 2010年に、それまで分社していた川崎造船、KPM、カワサキプラントシステムズを合併しました。その理由は、「別会社であることにより生ずる制約を取り払い、各々が持つ技術的知見、人材等をグループとして最大限に有効活用する」「個別に採用活動を行って来たが、再統合によりこれを一体化することで人材維持の充実を図る」等でありました。分社による痛い経験から得た教訓に学ばず、再び逆行することになるのではないでしょうか。
●分社ごとの「独自労働条件導入」では、現行の川重労組の組織体制では対応ができなくなる
- 「社名が違うだけ」ということで、労組は「現行の川重労組の組織体制のままでも十分対応可能」と判断しました。それが、分社ごとの労働条件・人事制度・採用政策を導入するとなれば、川重労組一体での要求や交渉などは不可能となります。
- 2010年以前の分社ごとの労組と同じようになり、労働者と労組の分断になり、団結力・交渉力が低下するのではないでしょうか。
●今後、すべての事業において「自律的事業経営」を目指し分社化しようとしているのか
- この問題は、本題と直接関係はしていませんが、経営陣はどのような事業体制を目指しているかによって、全労働者だけでなく、全ステークホルダーに大きな影響を与えることになります。
- 2020年11月に策定された『グループビジョン2030』では、2019年度の営業損益がそれぞれマイナスだった船舶海洋カンパニーはエネルギー・環境プラントカンパニーに統合し、車両とモーターサイクル&エンジンカンパニーは「自律的事業経営を徹底」を目的に分社を決めました。今後、分社化の目的が達成されたならば、また本体に合併するのか、それとも全事業部門の分社化へと進むのか、経営陣はきちんと方針を示すべきではないでしょうか。
すべての労働者を大切にしてこそ企業も社会も持続的に発展できる
分社の提案にあたって、私たちは「なぜ分社しなければならないのか」「分社して労働者の雇用や労働条件、権利が本当に大丈夫なのか」などの懸念を発表しました(2020年11月12日)。以上に見てきましたように、そういう懸念がさらに深まった感じがします。
一番の問題は、経営陣の信頼性・一貫性ではないでしょうか。そのことが、2021年11月に実施したWINDEX調査結果に如実に現われています。「経営陣を信頼している」が38%(前回2020年39%)と極めて低く、また、「今回の調査結果を有効に活用すると思う」が40%という状況です。「あきらめ社員」が48%ということですが、社員をあきらめさせているのは経営陣ではなかろうかと思います。
国連やILO(国際労働機関)は、「持続可能な企業」「持続可能な経済社会」を大きなテーマにして「ディーセント・ワーク」(働きがいのある人間らしい仕事)の実現を提唱しています。
私たちは、2018年に発行した『私たちの職場綱領』の中で、「私たちは、働くすべての人と地域経済を大切にしてこそ、良い製品・サービスが供給できるし、中長期的には企業も社会も持続的に発展できると確信しています」と述べました。労働者は会社に大切にされていることを実感できてこそモチベーションを向上させることができ、これまで培ってきた技術・技能も継承発展できると考えています。
労働条件や人事制度を「労務費の圧縮」の手段とするのではなく、すべの労働者が楽しく仕事ができる人事制度のビジョンを示すことが経営陣に求められているのではないでしょうか。
<ともに働くみなさんへ>
本稿についてのご意見・感想および本件に関する情報をお待ちしております。
(22.10.09)