川崎重工が過労死事件に関する要請の団体署名簿の受け取りを拒否
経営陣の対応は企業に求められる「人権尊重」の促進に背くのではないか?
川重は、「支える会」*1からの団体署名簿*2の受け取りを2度にわたり拒否しました。その理由は、「裁判で係争中の案件の要請等は受け取らない」「司法で事実関係を明らかにしたい」(対応した会社の担当者)というものでした。
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「支える会」の正式名称は、「川崎重工業(株)・中国出向エンジニア過労死事件のご遺族を支える会」。2013年に過労自死した社員のご遺族を支え、本事件の裁判勝利と川重に謝罪させ再発防止策を作らせることなどを目的に、2022年7月に労働組合や医療法人団体、中小企業団体、弁護士グループなどの団体と個人で結成された。 |
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会社側に過労自死した社員への安全配慮義務を認め、ご遺族へ謝罪し再発防止策を講じることを求めた橋本康彦社長宛ての団体署名簿。1回目は2022年12月22日、2回目は今年の2月14日、どちらも神戸本社に申し入れた。 |
「係争中の案件」と言いますが、川重側の対応は、事件発生当初から“責任はない”とご遺族との話し合いに応じず、労災認定後もご遺族や弁護団の通知に対し「一切対応致しかねます」と突っぱねるなどの対応に終始しました。それで、やむを得ずご遺族が提訴し係争中の事案になったものです。
しかも、神戸地裁での第一回口頭弁論(2022年10月12日)では、会社側が「男性が転落したのは直前に酒や薬を大量に飲んでいたことなどが原因」「事故死である可能性を排除する根拠が不明」と棄却を求めました。
会社は、海外赴任前の健康状態の考慮や赴任後の健康状態とメンタル面の相談・フォローアップ等の人権配慮を怠っておりながら、死因は事故死であり亡くなった従業員の自己責任だという言い方です。
川重は、倫理基準として制定した『川崎重工グループ行動規範』の宣言*3や会社のホームページに掲載された『社長メッセージ』の約束*4には、注記で示しましたように良い内容を掲げています。
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*3: |
『川崎重工グループ行動規範』:「ステークホルダーに配慮し、信頼を得ることは企業活動の根本です。さまざまなステークホルダーに対する私たちの倫理的行動が、川崎重工グループの基盤を支え育みます。」 |
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*4: |
『社長メッセージ』:「社会から信頼され続ける企業であるために、ステークホルダーの皆様との建設的な対話を推進するとともに、…コンプライアンスの徹底、環境経営、人権への配慮…の取り組みを一層強化していきます。…社会からの要請に応え、ステークホルダーの皆様と協働しながら、さまざまな社会課題の解決に挑戦するとともに、ESG*5への取り組みを推進していきます。」 |
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*5: |
持続可能な世界の実現のために、企業の長期的成長に重要な環境(E)・社会(S)・カバナンス(G)の3つの観点。(NRI用語解説から) |
しかし、経営陣の対応は、それらに照らせば、少なくとも二つの点で疑念を抱かせるものになっています。労働者と会社の未来のために忌憚なく指摘したいと思います。
第一に経営陣は、「ステークホルダーに配慮し、信頼を得る」などの『行動規範』や『社長メッセージ』を本気で実行しようとしているのか?
川重は、過労自死で尊い命を失った社員とそのご遺族に対しては、様々なステークホルダーの中でも、とくに「倫理的行動」(『行動規範』)や「人権への配慮」(『社長メッセージ』)が求められます。
経営陣が、様々な「ステークホルダーに配慮し、信頼を得る」という『行動規範』や『社長メッセージ』を本気で実行しようとしているのかどうかは、経営陣への手厳しい批判や抗議をするステークホルダーに真剣に向き合うかどうかで試されるものです。
その点では、特定のステークホルダーを排除する対応は、本気度が疑われても仕方ありません。いまからでも遅くありませんので、会社が約束したステークホルダーの位置づけを真摯に実行して本気度を示してほしいと思います。
このまま、過労死事件の死因を亡くなった従業員の自己責任にするなど、人道にも反する道を頑なに歩むとなれば、直接的ステークホルダーである社内の労働者に対しても、経営陣の方針や施策等への批判的な人たちの意見に耳を傾けないということになります。
それでは、過労死等や重大災害などの命にかかわる問題に対し、徹底した原因究明と根本的な再発防止策を講じることが難しくなります。
また、「コンプライアンス違反を発生させない組織風土の構築に向けて…『誰とでも臆することなく意見を交わせる組織』」づくりに経営陣が先頭に立って取り組んでいくという橋本社長の発言(昨年12月の中央経営協議会)は、真実味がなくなってしまいます。
第二に経営陣は、すべての企業に「人権尊重」を求める国際基準を本気で遵守しようとしているのか?
『社長メッセージ』では、「ESGへの取り組みを推進していきます」と表明しています。その本気度は、実際の行動が国際基準に抵触していないだけでなく、積極的に貢献し促進しているかで試されるものです。
まずは、「人権尊重」問題をめぐる国際社会の目覚ましい活動と国際基準の前進について、以下に紹介します。(「クリックで展開」ボタンを押してください。)
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- 【「ビジネスと人権」に関する条約づくりの動向の概要】
この40年あまり、新自由主義(すべてを市場原理にまかせ、資本の利潤の最大化を追求)、株主資本主義(「企業経営者の使命は株主利益の極大化」と主張)が世界にまん延しました。
- ⇒ その結果、世界の経済・社会・環境の持続可能性を危うくし、とくに多国籍企業の労働を通じて人権や労働に関する権利の侵害が深刻となりました。
- ⇒ 持続可能なグローバル化を実現するためには、企業が自国だけでなく、サプライチェーンにまで人権尊重を広げることが不可欠であるとの認識のもとに、国際文書が相次いで採択されました。
- ⇒ しかし、法的拘束力がありませんでしたので、多国籍企業の活動に起因する人権侵害の増大に歯止めがかかりませんでした。
- ⇒ 多国籍企業およびその他の企業の活動を国際人権法にもとづいて規制する国際文書が必要だとの認識が広がり、現在、「ビジネスと人権」に関する条約づくりが、国連中心に諸国政府と市民社会が主役で取り組まれています。
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国際労働基準と「ビジネスと人権」関連文書に関する経緯
2000年 国連グローバル・コンパクト発足
2003年 国連多国籍企業の人権責任に関する規範(採択には至らず)
2011年 国連「ビジネスと人権に関する指導原則」、OECD多国籍企業行動指針(改定)
2015年 持続可能な開発目標(SDGs)
2016年 ILOグローバルサプライチェーン決議
2017年 ILO多国籍企業宣言(改定)
2020年 日本「ビジネスと人権」に関する行動計画(2020-2025)
2022年 国連「ビジネスと人権」条約草案(第三修正草案)
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表に示した国際文書と議論の中から、企業がしっかり認識しておくべきことをいくつかあげます。
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- 国連グローバル・コンパクトの【原則2 企業は、自ら人権侵害に加担しないよう確保すべきである】の中で、企業の行動として、「自社の直接雇用やサプライチェーン全体において、労働者の人権を擁護する明確な方針があるか。」「自社の人権方針がきちんと実践されているかをチェックするシステムを確立しているか。」「市民団体を含むステークホルダーグループとの率直な話し合いに積極的に関与しているか。」などが提起されています。なお、川重も2020年1月に「国連グローバル・コンパクト」に署名し参加企業として登録しています。
- SDGs目標8【すべての人々のための持続的、包摂的かつ持続可能な経済成長、生産的な完全雇用およびディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)を推進する】において、経済成長とディーセント・ワークがともに達成すべき目標として掲げられました。企業がディーセント・ワークを促進することで企業自身も安定的に成長していくとの認識のもとに、企業に人権を「侵害しない」という消極的な責任のみならず、人権尊重への積極的役割が期待されました。なお、川重の「SDGsへの取り組み」には、17目標すべての基礎となっているたいへん重要な「目標5」の「ジェンダー平等」が欠落しています。
- 劣悪な労働条件や人権侵害により生産された安価な商品・サービスが国際競争力をもつような市場では、国際的な人権・労働基準を遵守してビジネスを行う企業や国・地域が圧倒的に不利になり、その結果、世界の人々をますます困窮させる「底辺への競争」となること、持続可能な市場づくりのためには、人権や労働基準の尊重が組み込まれた「公正な競争環境」の実現を政策の重要な柱に位置づけることが確認されました。
- 国連「ビジネスと人権」条約草案(第二次案)の前文には、「国と企業は、すべての措置にジェンダーの視点を貫くことが求められる」「市民社会と人権擁護者は、企業の人権尊重を促進させるうえで重要かつ正当な役割を担っていることを強調する」と明記されました。これまで法的拘束力がありませんでしたが、条約草案が採択されれば拘束力を持った条約となります。
上に紹介しましたように世界では、株主資本主義や利潤第一主義の見直しが急速に進んでいます。そして、経済成長とディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)を同時に追求すること、劣悪な労働条件や人権侵害などを国際競争力の手段としてはならないこと、企業は「人権尊重」の積極的役割を果たすべきであることなどが、世界の共通認識として広がっています。
その集約として、すべての企業に「人権尊重」を求める国際基準 ― 「ビジネスと人権」に関する条約づくりが国連中心に力強く前進しており、近いうちにすべての企業が国際人権法にもとづいて拘束されることになります。また、企業の「人権尊重」を促進させる上で、「市民社会と人権擁護者」らのステークホルダーの役割が強調されていることにも注目する必要があります。
日本の企業は、「人権尊重」への意識が極めて低いと世界から指摘されています。労働者は、「ジェンダーギャップ指数」で世界156カ国中120位(2021年)に見られる女性差別や、低賃金でいつでも解雇できる仕組みの非正規雇用、過労死ラインを超える長時間労働などにより、人間の本質的な労働の役割や誇り・喜びを奪われ、人権を傷つけられる実態が放置されたままになっています。
川重もそれらの企業と同じように、実際の施策では人権よりコストダウン・儲けを優先しています。いつまでも利潤第一主義では、また、企業の「人権尊重」を促進させる上で重要な役割をもつ「市民社会と人権擁護者」の批判や抗議などを拒否するようでは、国際基準を本気で遵守しようとしているとはとても言い難いものです。このような対応を続けていては、国際市場から本当に締め出されることにもなりかねません。
その点で気になるのは、以前の『社長メッセージ』の文章から、「2020年1月、国連グローバル・コンパクトに署名し、人権、労働、環境、腐敗防止の4分野に関わる10原則の支持を明確にしました。今後も、こうした国際的な活動を踏まえ、ESGへの取り組みを推進する…」という積極的な文言が削除されたことです。とくに、「国際的な活動を踏まえ」の削除は、国際基準への後ろ向きを示すもので重大です。
以上、会社の『行動規範』と『社長メッセージ』での約束に対し、経営陣が本気で実行しようとしていないことについて述べました。この約束不履行の問題は、それによって国内では川重で働く労働者と地域経済・社会が実質的な痛手を被ることになりますし、会社の持続性をも危うくするもので極めて重大です。
『世界の人々の豊かな生活と地球環境の未来に貢献する“Global Kawasaki”』の実現を掲げる川重の役割と責任は、国際社会の中でたいへん重いものがあります。私たちは、川重が国際社会の潮流や国際基準をしっかり踏まえ、世界に誇れる積極的な役割を果たすべきであると考えています。
そのためにも、まずは過労死事件に対し、国際基準の視点から真摯に向き合い、ご遺族はもちろん、労働者と市民社会から歓迎される解決方法を提示してほしいと願っています。
<ともに働くみなさんへ>
本稿についてのご意見・感想をお待ちしております。
(23.03.14)