"TAR-GET定期昇給制度の見直し"による賃金制度を考える

."TAR-GET"って、知っていますか?
 "TAR-GET"はTotal and Aggressive Reformation for Gaining Excellent Tomorrowの主要な英単語の頭文字から会社がつくった造語で、今から約8年前の2003年夏から2005年夏にかけ、提案、実施した次の7項目を総称する名称として使われました。
(1)定期昇給制度の見直し
(2)R系列の処遇見直し
(3)期末手当の見直し
(4)キャッシュバランスプラン(企業年金制度)導入
(5)福利厚生制度の見直し
(6)海外派遣者諸制度取扱いの見直し
(7)その他、各種制度・手当の見直し
 この7項目は会社の経済的負担を軽くすることを基本的な内容とするものです。その中でも定期昇給の見直しは賃金制度のあり方を根本から変えて、労働者の基準賃金と年間収入を大幅に切下げるだけでなく、労働強化、長時間労働を賃金制度面から強いる目的から実施されたものでした。

大幅賃上げによる日本経済の再建が望まれている今日、日本の賃金制度の歴史も振り返り、川崎重工の賃金制度をあらためて考えてみました。

2.日本の賃金制度の歴史
1)賃金制度40年の歴史−1974年以降3つの賃金抑制攻撃
 図1は政府資料から春季賃上げ状況をまとめたものです。今日の賃金が上らない状況と対比して、1974年に賃上げ率32.9%、妥結額28,981円という春闘史上最高の大幅賃上げを獲得した成果が目を引きます。また、1972年から93年の22年間、ほぼ毎年10,000円賃金が上っていました。

図1:民間主要企業春季賃上げ状況の推移
出典:厚生労働省資料 『「平成21年民間主要企業春季賃上げ要求・妥結状況」について』
 「第2表 民間主要企業における春季賃上げ状況の推移」
図2:政府・財界と川崎重工の賃金抑制の動き

政府・財界の賃金抑制攻撃−3つの内容
 図2に政府・財界による賃金抑制の動きをまとめました。政府・財界はこの74年春闘の大きな盛り上がりに危機感を抱き、それ以降系統的に賃金抑制攻撃を今日までしかけてきています。それは内容的に3つに分けることができます。
 第1に賃上げ率への攻撃
 74年春闘直後に日経連(現在の経団連)は「大幅賃上げの行方研究委員会」を組織し、75年春闘賃上げ率を15%以下におさえる指針を出し、実際に13.1%に抑え込みました。翌76年は当時の構造不況を背景に「賃上げか首切りか」二者択一をせまり賃上げ率を8.8%に押え込み、これ以降若干の起伏はあるものの賃上げ率を低下させ、今日では1%台の低率に押さえ込むことに成功しています。
 第2にベースアップ要求を否定する攻撃
 80年代に入ると、円高・ドル安を背景とした「日本の賃金=世界のトップクラス論」、「支払い能力論」、政府・財界の臨調「行革」による「賃上げは定昇のみ論」とベースアップを否定する攻撃が行われました。その攻撃の反面、労働者のやる気を出させるために、"能力により賃金は上る"と能力給の導入と強化を進めたのです。しかし、うたい文句とは裏腹に、実際は能力主義管理による搾取強化、労働者相互の競争を激化させ低賃金の維持に利用したのです。
 第3に定期昇給をなくし成果主義賃金の導入
 95年に経団連が「新時代の『日本的経営』」という報告書を発表しました。この中で、今まで労働者を企業に縛り付けていた年功的賃金、定期昇給と終身雇用賃金体系を廃止し成果主義賃金体系の確立を方針としました。これ以降多くの大企業では成果主義賃金を導入したのです。

2)定期昇給とベースアップについて
 民間大企業の賃上げ額は、定期昇給とベースアップと呼ばれる2つの合計です。今日では少しなじみの薄くなった言葉なので説明しておきます。
 定期昇給とは毎年一定時期(多くは4月)にあらかじめ会社が決めた一定額を賃金に加える制度で、日本の多くの大企業で採用していました。
 それに対して、ベースアップは定期昇給と違って決められた制度ではありません。労働者・労働組合が定期昇給だけの賃上げでは生活が豊かにならない現状を変えるための賃金水準底上げ要求です。70年代のストライキの多くはこのベースアップ要求獲得が中心でした。

定期昇給制度は若年層への低賃金押付け制度
 何故、日本では定期昇給制度だったのでしょう。
 図3は厚生労働省の賃金に関する平成21年(2009年)の調査資料"企業規模、性、年齢階級別賃金"です。
 大企業に働く男性の場合、20〜24歳と50〜54歳のピーク賃金が約2.4倍もの開きとなっています。この大きな賃金格差は、定期昇給制度によるところが大きく、この制度は若年層にとって10年〜20年以上の長期にわたって平均賃金以下の低賃金を押付けられるデメリットな制度です。

図3:企業規模、性、年齢階級別賃金
出典:厚生労働省資料 「平成21年賃金構造基本統計調査(全国)結果」

 しかし、企業にとっての定期昇給制度は、若年層への低賃金の押付けによる総人件費の抑制と、労働者の出入り(入社と退職)や、世代間の労働者数の変化が少ないほど人件費の変動も少なく、総人件費を増やさなくても新入社員を迎え前年と同様の生産を可能とする大きなメリットがある制度です。だから、大企業では定期昇給制度を積極的に採用していたのです。
 また、これ以外に男女間の賃金格差をつけるのも総人件費抑制になり企業にとって大きなメリットです。

ベースアップによる賃上げを大企業は最も嫌った
 これに対して、ベースアップは労働者にとって若年層、女性労働者の低賃金問題も解決しながら労働者全体の利益に貢献するメリットがあるものです。しかし、会社にとっては総人件費が増え利益を圧迫するデメリットの対象でした。そのため、ベースアップは1974年春闘直後から攻撃の的となり、今日では多くの民間企業でベースアップ要求さえできない状況がつくりだされています。

3.川崎重工の賃金制度の歴史と見直し
 図2の年表をもう一度見てください。川崎重工の今日の賃金制度の始まりは、3社合併直後の1971年です。89年、99年、そして2003年の見直しと大きな賃金制度の変更がありましたが、その背景として政府・財界の賃金抑制政策があったのです。

図4:見直し前の賃金構成
1)TAR−GET見直し前の賃金制度

 図4は見直し前の賃金構成です。基準賃金は本給、年齢給と職能給の3つから構成されていて、状況に応じて調整給、家族手当、等が加えられていました。
 本給と年齢給は勤続年数とともに増える年功的賃金部分です。そして、定期昇給は本給に加えられていました。
 職能給は能力、知見、技量、等によってランク分けされて決まる賃金部分です。昇進は会社の査定で決まります。能力が高ければ上位ランクに配置されるのですが、やはり仕事の経験を積まなければ能力も向上しないため年功的な要素がありました。しかし、会社は職能給を意図的に賃金差別としても利用していました。

能力給の比率アップと構成の変化−1989年から始まり、1999年遂に逆転する
 1970年、80年代の賃金に占める年功的賃金(本給、年齢給)の割合は80%程度だったのですが、第2の賃金抑制攻撃(ベースアップ要求否定、能力給導入・強化)の影響のもと賃金構成比率が大きく変化させられました。

図5:川崎重工で働くAさんの賃金構成比
 図5は川崎重工で働いているAさんの給与明細をもとに賃金構成比率の変化を表したものです。
 職能給の比率が1989年を境に20%前後から30%をいきなり超え、その10年後の1999年遂に50%を超え年功的賃金(本給、年齢給)と逆転しました。

 このときS、R系列は職能給の構成が、職能基本給額、職責加算、業績加算累積額に変わりました。また、R系列は年齢給が廃止されました。(図6を参照してください)

2)TAR−GET定期昇給見直しによる賃金制度
 能力、成果重視の賃金体系見直しから4年後の2003年、さらにその見直しを進めたのがTAR-GETでした。

定期昇給を廃止し、成果主義賃金体系へ−賃金制度による労働者への締め付け強化
 川崎重工では高校卒から大学院卒全ての新入社員がG系列から始まり、高専卒以上が事務・技術系としてR系列の主事補から主事(係長級)への昇進、高校卒は生産職系としてS系列の工師、技能士を経て主任技師(係長級)と異なった昇進制度を採用しています。

 図6は見直しによる賃金体系の変化を表したものです。

図6:定期昇給制度見直しによる賃金体系の変化

 定期昇給は廃止されました。年齢的要素の本給も廃止され、年齢給はR系列では無くなりすべて完全職能給とされたのですが、G・S系列ではLS手当(LSはライフステージの略)として継承されました。これは、若年層の初任給を極端に抑制し、低賃金を押付ける従来の制度も残しているためです。

図7:定期昇給制度見直しによる賃金増額の変化 表1:2004年制度スタート後の職能給基本額の推移

 職能給の構成では1999年の見直しで加わった"業績加算"を"習熟加算"と名称を変更してR、S系列だけでなくG系列にも適用を拡大しました。
 図7は見直し前の定期昇給額と見直し後の習熟加算額を比べたものです。
 今までは少なくとも定期昇給分は毎年上っていましたが、見直しによりもし能力向上が認められないと査定された場合は賃金が上らないのです。更にS、R系列にいたっては減額もありうる制度となったのです。

ベースアップ要求は2年に一度の協議に姿を変える
 ところで、ベースアップ要求は何処に行ったのでしょうか?
 実は、2004年TAR-GET見直し開始前の2003年春闘から川重労組はベースアップ要求を中断しています。その代わりとして労資による2年毎の賃金改善協議と会社が世間水準とのズレを自主修正するスタイルに変わっています。
 表1は見直し後の賃金増額をまとめたものですが、最高に増額となったR1主事補で4年間で21,170円、年間5、300円程度しか上っていません。

大幅所得減−その原因に4万円近い基準賃金の削減がある
 図8は会社が公表しているデータから、見直し前後の基準賃金、年収の変化をまとめたものです。
 平均基準賃金は見直し開始の2004年の330,545円をピークに2009年までの5年間で平均7,521円づつ下がり続けて、この間37,609円も減らされたのです。定期昇給が無くなり、ベースアップ要求を中断した結果こんなにも基準賃金が下がったのです。

図8:平均基準賃金と平均年収の試算の推移

 次に、平均年収は、見直し後少し下がりましたが、2005年から2007年までは一時金、残業収入により増えていました。しかし、2008年のリーマンショックによる世界同時不況後は、基準賃金が下がっている影響をまともに受けて減り続け、2004年と2009年を比べると約78万円も減収となったのです。

見直しにより、"賃金は会社が決める"仕組みができた
 R系列は昇進、昇給が全て会社の査定で決まる典型的な成果主義賃金、G・S系列は年齢的賃金体系を残した半成果主義賃金となっています。ベースアップ要求の中断と結びつけて行われた見直しは"賃金は会社が決める"仕組みができたといえるでしょう。
この仕組みの下では、労働者は生活を維持、向上させていくため、労働強化、長時間労働を受け入れざるを得なくなっています。

4.来年の春闘に向け、思いを語ってみませんか
 家族とまた仲間とともに健康で文化的な生活を営むことは多くの人々の共通の願いだと思います。それを物質的に保障する柱は月額基準賃金です。
 その賃金が2004年の見直し開始以降の5年間で4万円近く大幅に下がるという大変な状況になっています。これだけ減額させられた状況では、現状の1%台の低率賃上げでは労働者の生活、日本経済の立ち直りはありません。

 私たちは、残業なしで生活できる賃金に底上げすることを前提に、同一価値労働同一賃金の原則を貫き、仕事の専門性や経験年数を正当に評価する賃金制度にすべきと考えています。

 皆さん、来年の川重労組2012年AP要求に向け、大幅ベースアップ要求、賃金制度はどうあるべきか、等について仲間、職場、労組、等で大いに語っていきませんか。そして、ベースアップ要求を復活させ"賃金は会社が決める"仕組みを改革しようではありませんか。

(11.06.04)