大手メディアが政権交代におびえる理由は?


読者の方から投稿がありましたので紹介します。

昨年の総選挙の後も、大手メディアが中心となって「野党は批判ばかり」「野党共闘は失敗」という野党共闘への攻撃を執拗に展開している。なぜ彼らまでも政権交代におびえるのかを考えてみた。

安倍・菅政権の路線転換の世論を恐れた自公とその補完勢力の野党共闘攻撃

岸田政権が発足した後の世論調査(2021年10/4、5共同通信社)では、安倍・菅政権の路線を「転換するべきだ」の回答が69.7%で、「継承するべきだ」の24.1%を圧倒していた。そして、衆院解散時には、自民党の単独過半数割れもささやかれていたほどだった。

支配勢力である自公政権と維新などの補完勢力は、下手をすれば日本共産党が協力する政権が歴史上初めて誕生するのではないかと、心底から震え上がったはずだ。

支配の座から引き落とされれば、「桜を見る会」疑惑に限らず、これまでの数々の公文書改ざんや隠ぺい、ねつ造などの政治の私物化の実態が白日の下にさらされることになるし、自民党の収入の7割を超える政党助成金(2020年分172億6千万円)も減るだろうし、財界からの通信簿方式の献金(同年23億円)も大幅に引き下げられることにもなりかねない。

だから、自民党・公明党は、かつてないほどの野党共闘攻撃、日本共産党攻撃を行ったのだろう。
自民党本部が発行している「The Jimin NEWS」(10/15)の「号外」では、共産党の「1951年綱領」には「暴力革命論」を掲げていると書き、自民党の10/21の檄文には、「(自公の)自由民主主義政権か共産主義政権か」と体制選択選挙だと叫んだ。公明党の山口代表は、共産党が「天皇制は憲法違反、廃止すべきだ」と言っていると、常軌を逸したデマ演説をした。また、ネット上では、自民党から資金提供を受けているツィーター「Dappi」が以前から反共デマ攻撃を展開していた。

これらの反共デマ攻撃の呼ぶ水となり鼓舞したのは、連合(日本労働組合総連合会)の芳野会長の「不快感」発言の会見だった。11/7に、立憲民主党中心の政権が樹立した場合、「共産の閣外協力はあり得ない」と発言し、11日には、立憲民主党の枝野代表に、政権交代を実現した場合、「連合として閣外協力はあり得ない」と申し入れたことだ。

このことが、自民党の単独過半数割れという選挙情勢を大きく変えるターニングポイントとなり、自公・維新の改憲勢力が総定数の3分の2を超える議席獲得の一つの要因となったし、歴史的事実として厳しく問われることになろう。

大手メディアの異様な野党共闘攻撃 “黙って政権与党に従え”

野党共闘攻撃は、メディアの側からも支配勢力と同調しながら激しく行われた。総選挙後も弱まるどころか、自公に代わり大手メディアが中心となって異様な攻撃を展開している。下の例はその一部である。

読売・11/3社説:「枝野代表辞任へ 政策軽視の共闘が惨敗招いた ・・・最大の失敗は、枝野氏が、政権交代を実現した場合には共産党は『限定的な閣外からの協力』をすると踏み込んだことだろう。」 
読売・12/1社説:「立民代表に泉氏 建設的な政策で党再生目指せ 惨敗した衆院選を踏まえ、どのように党を再生させるか。政権交代の受け皿を目指すのなら、建設的な政策を掲げて国民の信頼を得ることが不可欠である。・・・日本維新の会や国民民主党に政権批判票を奪われたのは、経済や社会保障など国民の関心の高い分野で、前向きな改革案を示せなかったのが一因ではないか。・・・北朝鮮や中国が軍事的挑発を強める中、日米同盟を不安定にしかねない政策では、多くの有権者の支持は得られまい。」 
産経・12/1主張:「『何でも反対』と揶(や)揄(ゆ)された枝野幸男前代表の路線から脱皮できるのか。それが実行できなければ政権奪取はおろか、党再生も不可能だと肝に銘じるべきである。」 
毎日・12/6風知草:「安保や天皇をめぐる共産党綱領の現実離れも、私から見れば度を超している・・・政権参加を狙うのなら現綱領の絶対視は改めるべきだろう」 
毎日・12/8:「立憲『批判ばかり』払拭なるか 野党合同ヒアリングの存否で悩み」 

読むに堪えない主張である。
国民とって、政府や与党を批判しない野党など必要ないし、古い政治を批判してこそ、新しい政治をつくることができるのであり、批判は野党の責務と言える。

ところが、大手メディアの主張は、政権与党の政策の方向性と合致しなければ、はなから政策に値しない「批判ばかり」だと一蹴し、野党の提案や批判の内容も国民に伝えようとしない。これでは、“黙って政権与党に従え”という暴論ではないか。

事実はどうか。野党は、批判だけでなく、国民の切実な願いに立って様々な建設的提案を実現させてきた。例えば、コロナ対策については、PCR検査の拡充、一人10万円の特別給付金、持続化給付金、家賃支援給付金などである。どれも、政府の「自己責任」論の姿勢を厳しく批判して実現したものである。ほかにも、野党が提案した共同法案には、原発ゼロ基本法案、選択的夫婦別姓法案、消費者の権利実現法案などがある。何が「批判ばかり」なのかと言いたい。

中でも、赤字で示した「有権者の支持は得られまい」「肝に銘じるべきである」「私から見れば度を超している」などの主張は、政権側ではとても公然とは言えないことを代弁したものだ。これでは、権力の監視どころか、「虎の威を借る狐」であり、あまりにも傲慢不遜と言うべきものだ。その言葉をそのまま執筆者にお返ししたい。

当然ながら、これらのことは、大手メディアを牛耳っている上層部に対しての話で、国民に密着して真実を伝えている記者のことではない。

虚構にもとづく論立ての野党共闘デマ攻撃

大手メディアを中心とした野党共闘攻撃の特徴について、『しんぶん赤旗』(12/4付)では、「総選挙での野党共闘が“惨敗だった”と決めつけ、その要因を立憲民主党と日本共産党との政権協力合意だとする二重の虚構にもとづく仕掛けとなっている」と報じている。

続けて、「野党共闘は『惨敗』などというのは、事実にまったく反するデマです。『共闘勢力』で一本化した207の小選挙区でみると、59選挙区で勝利し、自民党重鎮や有力者に競り勝ちました。また、得票率の差が10ポイント未満の選挙区が55あり、うち40選挙区で比例復活をしています。勝利した59選挙区のうち56、比例復活の40選挙区のうち39選挙区で、4党の比例合計得票を上回る『共闘効果』も示されています・・・政党間の力関係という点でも、『共闘勢力』は4年前の立民・共産・社民合計の68議席から、今回、3党にれいわ新選組を加えた4党で110議席へと42増、比例得票で246万票増と勢力を大きくしています」と説明している。

大手メディアは、何を根拠に「惨敗」とまくし立てているのだろうか。当事者ではないのではっきりとは言えないが、総選挙前の議席数との比較をすべての根拠にしているようだ。確かに、日本共産党は議席を後退したが、立憲民主党は4年前の獲得議席は55で、その後、国民民主党との一部合流もあり、選挙前勢力は109議席となった。候補者も変わったのに、改選前勢力を基準にして96議席に後退したと騒ぎ立てている。

自民党が15議席も後退したことや、共闘勢力が上記のように得票でも大きく伸ばした事実などは、客観的に見る能力が低下した彼らにとっては、そんなことはどうでもよくて、いまのうちに政権交代の芽を摘んでおきたいということなのだろう。

欧米では見られない大手メディアの異常性 そこにおびえる理由が

自公政権と維新などの補完勢力が政権交代を恐れるのはわかるが、なぜ大手メディアまでがおびえるのだろうか。客観的事実から見れば、欧米では見られない異常な体質や成り立ちをもっており、そこに理由があるのだろう。

その一つは、政権との癒着や威圧・介入に屈して、ジャーナリズム魂を喪失してしまったことだ。

第2次安倍政権に入ってから、政権中枢とメディア幹部との会食は著しく増え、2019年11月の「桜を見る会」疑惑が大問題になるさなか急増した。黒川弘務前検事長と産経新聞、朝日新聞の記者らの賭け麻雀も発覚した。権力との癒着は底知れない。

一方で、安倍・菅政権のもとで、権力による放送事業への威圧・介入が強められた。安倍政権下の高市総務大臣(当時)は、政府が「政治的公平に反する」と判断した放送局には停波を命じることができると発言し、菅政権のもとでは首相自身がNHKの受信料値下げに言及するなど、権力による報道への介入につながる言動に、大手メディアはとくに、それに委縮しひれ伏したということだ。

アメとムチで、本来のジャーナリズムの使命である「真実を伝える」「権力を監視する」という二つの原点を放棄し、当局取材に偏向し、自立性や独自取材力を低下させた。「寄らば大樹の陰」の大樹が倒れては困るということだろう。

二つ目に、欧米では見られない大手新聞社とテレビ局が完全に系列化、単一の営利企業がメディアを独占(クロスオーナーシップ)していることだ。

読売新聞は日本TV、産経新聞はフジTV、朝日新聞はTV朝日、毎日新聞はTBS、日経新聞はTV東京である。テレビ以外にも、ラジオや多種多様なメディアを資本の傘下に統合し巨大化している。このことによって、新聞メディアと放送メディアの総合監視やチェック機能が失われ、同じような内容の報道を流し、世論の形成に重大な影響を与えている。

一部の巨大資本がメディアを支配し、利益の独占を可能としているクロスオーナーシップに、政権が代わって規制でもかけられたら大変だということだろう。

三つ目に、政権の後ろ盾をなくしたら自らも裁かれるのではないかという恐怖心だ。

大手メディアは、国民の命と暮らしに関わる重大な事実を報道してこなかった、というより覆い隠してきた。

例えば、今なお収束が見えない福島原発事故の問題であるが、事故以前の2006年に共産党の吉井議員が、大規模地震の際、内部電源が停止した時に原子炉がどうなるかと国会で追及し、それに対し、当時の安倍首相は「ご指摘のような事態が生じないように安全の確保に万全を期しております」と自慢げな口調で「安全神話」を振りまいた。その結果が、2011年の未曾有の大惨事である。事故後に検討された最悪シナリオでは、「東日本壊滅」、東京を含む東日本3000万人退避というもので、それが回避できたのは、「偶然の産物」と言われている。

大手メディアは、2006年の共産党の追及や政府の対応の問題点などを報道しなかったし、それどころか、政府と一緒になって「安全神話」を拡散した。もし、大手メディアが共産党の追及をきちんと報道していたなら、国民の運動によって福島原発の大惨事は食い止められていたかもしれない。当時の政権とともに決して許されるものではない。

大惨事後も、政府と同様に、何ら反省する姿勢を見せていない。
そこには、1970年代に大手新聞社が電力業界に買収され、原発推進キャンペーンにくみし、原発列島化にしたという暗い過去があるからだろう。

報道しなかったのは原発問題に限らず、沖縄の米軍基地や安保法制の反対闘争、在日米軍関係経費*1や米国製兵器の「爆買い」*2の実態、等々。これらについても、本来のジャーナリズムの使命(「真実を伝える」「権力を監視する」)に立って報道しておれば、日本だけでなくアジアの現状が違った展開になっていたことは間違いない。

    *1:2017年度以降、約8000億円規模の負担が常態化している 
   *2:複数年度に分割して支払う軍事ローン「後年度負担」の総額が2022年度は5兆9千億円 

政権が代われば、国民にとって重大な事実を覆い隠す役割を果たしてきた責任が厳しく問われることになるだろうし、そのことを恐れたのであろう。

最後に、戦前、日本軍国主義が侵略戦争をすすめた時期に、国民動員の旗を振り、反省しないまま戦後の新聞発行に携わったというルーツだ。

この点について、共産党の志位氏が『日本の巨大メディアを考える』(2012年発行)の中で、次のように述べている。

  「日本の大手新聞は、日本軍国主義が侵略戦争をすすめた時期に、戦争賛美と、『聖戦への国民の動員』の旗をふりつづけました。真実をねじまげ、戦争礼賛の記事によって、販売部数を拡大し、国民世論を誤った方向に導いた。その責任はきわめて重大です。ところが、敗戦をむかえた1945年、各新聞は、みずから侵略戦争を賛美し、加担してきた事実への真剣な反省をしないまま、しかも、戦前・戦中の旧経営陣の多くが居座ったまま、戦後も新聞を発行しつづけました。・・・『読売』は、1945年12月、正力松太郎社長がA級戦犯容疑者として逮捕されますが、2年後には釈放され、日本テレビの社長、『読売』の社主として、新聞メディア、放送メディアの双方に『君臨』していきます。」 

上にあげた一つ目から三つ目の問題の根底に、このルーツがあったと言える。だから、国民の利益に関わる決定的な場面で権力に屈し加担するのだろう。


巨大メディアが流す膨大な情報は、政治・思想・文化、国民世論に圧倒的な影響力をもつ。
その影響力をもって、総選挙で自民党の単独過半数割れの選挙情勢を激変させ、野党が初めて本格的な共闘態勢でのぞんだ政権交代へのチャレンジを阻んだ。

野党共闘が掲げた共通政策には、何よりも主権者である国民の命と「個人の尊厳」・人権を守り、憲法に基づく政治―立憲主義の回復という日本の民主的発展の道が示されていた。彼らは、その発展の道を阻んだということである。しかし、そのことが、日本の平和・外交や政治・経済・社会のあらゆる分野での行き詰まりを深刻化させるとともに、政権交代を目指す市民と野党共闘を一層強め発展させることになるであろう。

2000年に制定された『新聞倫理綱領』には、「あらゆる権力から独立」「あらゆる勢力からの干渉を排する」「自らを厳しく律し、品格を重んじなければならない」などとある。歴史の発展から振り落とされ、しっぺ返しを受けたくないのであれば、自ら定めた『新聞倫理綱領』に清く立ち返るべきであろう。

(K.T 記)


(22.01.06)